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2892年3月1日土曜日

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 掌編小説を書いています。


 たまには芥川龍之介の魅力を伝えたり、


 思いつくまま、くだらないことを書いたり、


 あんなことをしたり、こんなことをしたり、


 あんな夢こんな夢、叶えてほしい、


 ドラ○もーん。


 だったり。

2013年8月13日火曜日

「うららかな日」

	
  少女はじょうろを手に、小さな花壇へとやって来た。朝の清々しい日射しが、少女の真っ白いブラウスとスカートを輝かせていた。穢れを知らない太陽の光は、やはり穢れを知らない少女をやさしく照らした。空は真っ青で、白く美しい雲がぽかりぽかりと浮かんでいた。
 心地好い陽気にしぜんと洩れるような鼻歌をうたいながら、咲き誇れる花たちに少女は水を与えていった。その姿は踊りでもおどるように軽やかだった。色彩豊かな花ばなは、それに呼応して、春の風に揺れていた。少女の白いスカートがひるがえり、鮮やかな赤や黄や青や薄紅や紫が、やわらかな緑の葉とともに音のない旋律を奏でている。その指揮者であり、また奏者である少女は、自らのうつくしさも知らずに奏し続ける。
 陽は次第に高くなり、しかし、少女を照らす光はあくまでやさしい。青い空を行き交う雲も、静かに少女を見守っている。いつしか、じょうろの水もからになり、少女は花壇の花それぞれに、うっとりとした眼差しを向ける。語らうように、心通わすように。花たちはその美しさと微かな甘い香りで以てそれに応える。爽やかな風が彼女らを吹き抜けていく。ちに
 ――ふと、少女は花壇の一隅の花に、何か想ったらしく、長くその場にしゃがみこんだ。スカートの裾が土に汚れることも構わずに。少女の顔には今まで通りの微笑があった。が、少しだけ――ほんの少しだけ、その微笑に影が射していた。しかしまた同時に、それまでにはない悦びもまた仄めいているようだった。
 少女は恋をしていたのだった。心の奥底に秘める、淡い恋心であった。
 少女の目の前には、黄色い柱頭の周りを細く白い花びらが囲む、慎ましい花が――マーガレットが――幾本も咲いていた。少女はこの飾り気のない清楚な花が、とりわけ好きだった。
 悲しそうな表情で少女は「ごめんなさい。」と、口の中で小さく呟くと、しゃがんだまま頭を深く下げた。そうして一本の花を手折った。花はその振動で小さく揺れた。少女は立ち上がり再び深く御辞儀をすると、木陰まで小走りに駆けて行った。
 少女は首を巡らせて、もとよりいるはずのない人影がないのを確認してから、木の根元に座った。木陰に入っても、マーガレットの花のきれいな白さは失われなかった。少女は頬を上気させながら、白い花びらを一枚いちまいちぎっていった。
「好き。嫌い。好き。嫌い。…………」
 花びらは一枚また一枚と、純白のスカートの上に埋もれていった。そうして最後の一枚もスカートの上に落ちると、少女は急に立ち上がり、陽の光の下に駆けだした。ちぎられた花びらが木陰ではらはらと舞った。
 少女はスカートをひらめかせながら、両の手を広げ、空を仰いで回っていた。晴れやかな笑顔が、少女の顔にはあった。片手には花びらの無い花がしっかりと握られていた。
 眩しいまでの陽光が少女を照らしていた。少女は太陽よりもうつくしく輝いていた。

2013年5月8日水曜日

「顔のない女」

	
  月の輝く夜更けに、教会の前へ赤子が捨てられた。冷えた月にてらされて、赤子は泣くでもなく、去って行く若い母親の後ろ姿をみつめていた。母親は肩を震わせ、振り返りたいのを必死に堪えているようだった。母親の姿が見えなくなっても赤子は泣かなかった。やがて眠気がさしたのか、赤子は目を閉じた。寒い夜だった。赤子は目を覚ます気色も見せず、朝を迎えた。静かな、教会らしい、いつもの朝だった。
 赤子はすぐに、僧侶の一人にみつけられた。その日から、教会は赤子を新しい家族の一員として育てることにした。僧侶の誰もが、赤子へ我が子のような愛情を以て接した。赤子は素直でおとなしい少女へとなった。教えをよく守り、幼いながらも健気に務めを果たした。僧侶たちで少女を可愛がらぬ者はなかった。そうして、少女は、少女から女へとなった。
 相変わらず女は勤勉だった。また、誰にでも親切だった。しかし、町の人々は女のことを噂し合った。まるで人形のようだ。紅い血が通っていないのではないか。まさか悪魔の子ではあるまいか。――と。
 女は笑ったことが無かった。笑った顔ばかりではない、女の感情を表した顔を見た者は誰もいなかった。それは僧侶たちも同じことだった。赤子の頃より生活を共にしながら、一度として女の表情らしい表情を見た者はいなかった。が、僧侶たちは女に変わらぬ愛情を持ち続けた。
 女は町の人々の噂が耳に入っても、それまで通り人々に優しく接した。それまで以上に優しく接するのでもなければ、笑顔を見せるでもなかったが。
 女のいる教会に、若い僧侶が仕事絡みでやって来た。それから若い僧侶はそのまま教会にいることになった。彼は愛嬌のある道化者だった。いつも冗談を言っては周囲を笑わせていた。しかし女は彼の道化にも笑顔を見せたことはなかった。女の頬すら動かさぬ顔を見る度に、彼は何かしら寂寞を感じるのが常だった。それでも彼は女の前での道化を止めることはなかった。次第に彼は女に惹かれだした。女の笑顔が見たくなった。機会をみつけては女と行動を共にし、道化を繰り返した。が、やはり、女はいつも笑わなかった。
 二人である老夫婦を訪れた帰り道だった。大道芸人が大勢の人に囲まれていた。女はふと足を止め、人垣を透かしてその光景を眺めた。女の目に道化師の姿が映った。道化師は大きな玉に乗りながらジャグリングをしていた。瞬時には数えられないほどの色鮮やかな球が綺麗に弧を描いていた。人々から拍手が起こった。するとそれが合図だったかのように、道化師はわざと球を取りそこない、大袈裟に転げ落ち、頭か次々と球を浴びた。見物はどっと笑った。
 女の隣で一緒に見ていた若い僧侶も、見物同様、声を出して笑った。女はやはり、笑わなかった。ただ、憂いを含んだ眼をして道化師をみつめていた。
「――あなたは私を笑わせようと必死ですね。」
 女は彼の方を見ずに、道化師を見たまま言った。彼は途端に顔を紅くし、俯いた。
「いつもあなたはあの道化のように、私の前で滑稽なことをしますね。私が笑わないのはいけないことですか?」
 女は彼の方を向いた。彼は顔を上げることができなかった。平生と同じ、穏やかな口調だった。が、彼には堪らなかった。
「いや、そういうわけじゃありません……」
「私が笑えば、あなたは満足ですか? あなたはあなたの心を満たす為に私を笑わせようとしているのではありませんか? それが無償の行為だと言えますか?」
 彼はいよいよ項垂れた。一言の返しようもなかった。女は目を伏せ、口を噤んだ。言い過ぎたと思ったのかも知れない。が、女は無表情のままだった。やがて、女は再び口を開いた。
「……ごめんなさい。――でも、私はあなたのその優しい心がわかり過ぎて、どうしても笑うことができないのです。」
 彼はそっと顔を上げ、女の方を見た。そこに一瞬――ほんの一瞬だけ――女の哀しそうな、微かな笑顔を見たような気がした。

2012年11月25日日曜日

「サボてん」

	
  俺は無職の暇をもてあまして、近所の公園をぶらついていた。もう無職になってから二月以上になる。その間、何をするでもなく、ほとんど毎日この公園にやって来た。ぼんやり煙草を喫いながら歩いたり、ベンチに腰掛けたりするだけである。何か働く当てがあるでもなければ、何か働こうという気もあるでない。これからどうするのか考えるのにも飽いて、無為な日々を重ねている。面倒くせぇなぁ、と時折独り呟くのが癖になっていた。
 これじゃぁ隠居した老人みたいだな、とも思うのだが、いかんせん昨今の老人は元気がある。仕事から解放されるや否や、趣味に耽溺したり習い事を始めたりする。余生を謳歌している。――いや、余生と言うのも失礼な話しかも知れない。とにかく今の俺は老人とも呼べない。言うなれば、癈人に近い。
 癈人は今日もきょうとて、生産性の全く無い時間を公園で過ごしている。毎日、昼日中から若い男が延々とベンチに座っている姿とは奇怪であろう。俺は公園のなるべく人の少ない隅で、じっとしている。――ああ、あそこに居る老人は、俺が思い描いていた昔ながらの老人だ。片手に杖をつき木樹や小鳥を眺めている。穏やかな表情でゆったりと時の流れに身を任せている。俺はあの老人以下だ。自然を心静かに愛でる境地まで、到底辿り着けそうに無い。
 煙草がきれた。腹も減った。コンビニにでも行くとしよう。

 俺がさっきまで座っていたベンチに戻ると、見知らぬ一人の男が座っていた。男の前には、小さな鉢植えが沢山のっている台があった。鉢植えはすべてサボテンだった。両手で包み込めるぐらいの小さなサボテンだった。台の端には『幸福のサボテン ¥500(税込)』と書かれた立て札が置いてある。怪しいことこの上ない。だが、俺は良い暇つぶしができたと思い、声をかけることにした。
「幸せになれるんですか? これを買うと。」
「はい、なれます。」
 男は柔和な笑顔で応えた。一瞬の躊躇もない。胡散くさいことこの上ない。
「――ただし、花が咲いたら、です。」
「花が咲いたら?」
「はい、花が咲いたら。」
「――隣、良いですか?」
「はい、どうぞ。」
 男は笑顔のまま言った。俺と年齢は同じぐらいだろう。勤め人という感じはしない。これを生業としているのだろうか。こんなもんで食えるとは思えない。いかがわしさ全開だ。
「――おひとついかがですか? 一つ五百円です。」
「…………。」
 果たして買う奴がいるのだろうか。
「このサボテンは一生に一度だけ、花を咲かせます。その時、持ち主に幸福が訪れます。それがいつなのか、定まっているものでもありません。買ってすぐに花を咲かせるかも知れませんし、永遠に咲くことがないかも知れません。このサボテンは愛情をもって育てると、花を咲かせます。」
「それじゃあ、あなたはこれだけサボテンを持っているから、いつも幸せでしょうね。」
 俺は小さな悪意を閃かせた。が、男は少しも動じる気色を見せなかった。
「いいえ。見て下さい、これだけあるのに一つも花を咲かせているものはありません。きちんと愛情をそそがなければ花は咲かないのです。――私はひとりの女性しか愛せない性質なもので……。」
「スケベそうな顔をしてよく言う。」
 ふたりは共に笑った。公園に哄笑が響いた。欺されるのも悪くない。――いや、欺すとか欺されるとか、そんなことどうでも良い。
「――僕もひとりの女しか愛せない性質でしてね、欲しいのは欲しいが……金が無いんです。無職なんですよ。辛いですね、無職っていうのは。五百円ですら気軽に払えない。――だから、この弁当と交換でどうです?」
 俺はコンビニの袋から、温めてもらった四九九円の弁当を取り出した。まだ冷めてはいない。
「――良いでしょう。ちょうどお腹が空いていたところです。お好きなものを選んで下さい。」
 似たようなサボテンの群れの中から、俺はひとつ、感覚的に選び出した。理念なんて要らない。女もサボテンもフィーリングさ。
「あまり水をやり過ぎないようにして下さい。水を与えることが愛情ではありません。ただ腐らせてしまうだけですから。
 あなたに幸福が訪れるように。」
 男は何か祈るような真似をした。俺たちは別れた。
 真剣にこのサボテンを育ててみようと思った。花が咲くかどうかなんてわかりはしない。それでも本気で育てよう。
 空腹と引き換えに、大切なものを手に入れたのかも知れない。



 その後、サボテンが花を咲かせたかどうか?――
 そんなことどうだって良いじゃないか。俺がここに書き記すことじゃ無い。

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