雨の中を、傘をさすでもなく、急ぐでもなく、濡れるがままに歩く。人びとは奇異の視線をちらと投げる。それに気づかぬふりで、真直を見て歩く。全身はずぶ濡れ。 寒くて、寒くて、仕方がなくて、――しかし、なぜか笑いが込みあげてきて。雨が視界を塞ぐ。雨音に包まれているうちに、現実とはおよそ遠いどこかへと迷い込む。 泣いても、雨が頬を撫でてくれる。声も雨音が鎮めてくれる。 だから、雨の中、濡れるがままの人間を見ても、そっとしておいた方が良いのかも知れない。 冷たくしっとりとした腕が首筋にからみつく。真白く、肌理のこまかい女の腕。そして、何か耳もとで囁く。聞き返そうとするのだが、雨の中の静寂が、口を噤ませる。もっと強く囁いてくれ――。本当は知っている。確かに、聞こえはしないが、知っている。 ただ、確信が欲しいだけだ。何の役にも立たない、この愚者の確信が。 そっと抱き寄せ、耳もとに囁く。女と同じ言葉を。一語 も違 うことなく――――
2012年6月18日月曜日
「雨の声」
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