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2012年9月10日月曜日

「銃」

	
  最終の電車に揺られていた。僕の乗っている車両には、僕の他に誰も居なかった。正面の窓から見える夜の光を、ぼんやりと眺めていた。
 電車が速度を落とし、止まった。ホームに人影は少ないようだった。僕の乗る車両には、小太りの中年の男が入って来た。いかにもサラリーマン然とした男だった。厚いコートを着て、寒そうに両手をポケットに突っ込んでいた。男は、空いた車内にも拘らず、少しだけ間をおいて、僕の左隣に座った。
 電車が静かに稼働音を響かせながら、再び動きだした。僕はやはり、窓の外を眺めていた。
「あなた、銃とは素晴らしいものだと思いませんか?」
 速度が安定した頃、男は突然言った。僕が何の反応も示さぬうちに、男は続けた。
「銃は魅力的だ。極めて魅力的だ。多くの人間がその魅力に取憑かれる。本物の銃を撃ったことがあるなら、尚更だ。
 あなたは、なぜ銃があんなに魅力的か、わかりますか? ――造形の美しさ? ――メカニカルな動き?
 ――勿論それらの要因もあるでしょう。しかし銃をあんなにも魅力的にしているのは、『力』です。あの圧倒的な破壊力です。たとえ非力な者でも引き金をひくだけで、凶暴な力を得ることができるのです。どんなに腕力が強い者が相手でも、一発で致命傷を与えられる力があります。
 これは魅力的だ。自分が偉くなったような気になれる。これほど素晴らしいものは無い。
 銃を持てば、その力を試してみたくなる。止まっている標的に狙いを定める。撃ってみれば、その反動と轟音に胸が熱くなる。命中率が高まるにつれ、動いているものが撃ちたくなる。……
 それは、鳥や犬猫のありふれた小動物から始まるだろう。そうして、もっと支配慾を満たすことのできるものに対象は移っていくだろう。――そう、例えば人間のように――」
 男は僕を凝視していた。その眼は、サラリーマン然とした男の眼では無かった。瞬時に僕は理解した。そして、すぐさまポケットの中に隠し持っていた銃を男に突きつけた。――が、同時に男もまた銃を僕に突きつけていた。
「撃つか、ガキ? てめぇはもう逃げられやしねぇよ。たかだか拳銃一丁で偉くなったつもりか? 警察をなめ――」
 僕は引き金をひいた。男は額を穿たれて後ろに倒れた。男の持つ銃が窓ガラスに向けて撃たれた。男はそれきり動かなかった。
 車内は、男の乗る以前同様、静かになった。砕け散ったガラスの破片と男の死骸の他は、何ら変わるところが無かった。
 上着のポケットに銃ごと手を突っ込み、僕は俯きがちに別の車両に続く扉を開けた。右手に持つ銃の重みに、漲る力を感じながら。そうしてまた、これから来るべき状況に、激しく心を躍らせながら――

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