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2012年11月25日日曜日

「サボてん」

	
  俺は無職の暇をもてあまして、近所の公園をぶらついていた。もう無職になってから二月以上になる。その間、何をするでもなく、ほとんど毎日この公園にやって来た。ぼんやり煙草を喫いながら歩いたり、ベンチに腰掛けたりするだけである。何か働く当てがあるでもなければ、何か働こうという気もあるでない。これからどうするのか考えるのにも飽いて、無為な日々を重ねている。面倒くせぇなぁ、と時折独り呟くのが癖になっていた。
 これじゃぁ隠居した老人みたいだな、とも思うのだが、いかんせん昨今の老人は元気がある。仕事から解放されるや否や、趣味に耽溺したり習い事を始めたりする。余生を謳歌している。――いや、余生と言うのも失礼な話しかも知れない。とにかく今の俺は老人とも呼べない。言うなれば、癈人に近い。
 癈人は今日もきょうとて、生産性の全く無い時間を公園で過ごしている。毎日、昼日中から若い男が延々とベンチに座っている姿とは奇怪であろう。俺は公園のなるべく人の少ない隅で、じっとしている。――ああ、あそこに居る老人は、俺が思い描いていた昔ながらの老人だ。片手に杖をつき木樹や小鳥を眺めている。穏やかな表情でゆったりと時の流れに身を任せている。俺はあの老人以下だ。自然を心静かに愛でる境地まで、到底辿り着けそうに無い。
 煙草がきれた。腹も減った。コンビニにでも行くとしよう。

 俺がさっきまで座っていたベンチに戻ると、見知らぬ一人の男が座っていた。男の前には、小さな鉢植えが沢山のっている台があった。鉢植えはすべてサボテンだった。両手で包み込めるぐらいの小さなサボテンだった。台の端には『幸福のサボテン ¥500(税込)』と書かれた立て札が置いてある。怪しいことこの上ない。だが、俺は良い暇つぶしができたと思い、声をかけることにした。
「幸せになれるんですか? これを買うと。」
「はい、なれます。」
 男は柔和な笑顔で応えた。一瞬の躊躇もない。胡散くさいことこの上ない。
「――ただし、花が咲いたら、です。」
「花が咲いたら?」
「はい、花が咲いたら。」
「――隣、良いですか?」
「はい、どうぞ。」
 男は笑顔のまま言った。俺と年齢は同じぐらいだろう。勤め人という感じはしない。これを生業としているのだろうか。こんなもんで食えるとは思えない。いかがわしさ全開だ。
「――おひとついかがですか? 一つ五百円です。」
「…………。」
 果たして買う奴がいるのだろうか。
「このサボテンは一生に一度だけ、花を咲かせます。その時、持ち主に幸福が訪れます。それがいつなのか、定まっているものでもありません。買ってすぐに花を咲かせるかも知れませんし、永遠に咲くことがないかも知れません。このサボテンは愛情をもって育てると、花を咲かせます。」
「それじゃあ、あなたはこれだけサボテンを持っているから、いつも幸せでしょうね。」
 俺は小さな悪意を閃かせた。が、男は少しも動じる気色を見せなかった。
「いいえ。見て下さい、これだけあるのに一つも花を咲かせているものはありません。きちんと愛情をそそがなければ花は咲かないのです。――私はひとりの女性しか愛せない性質なもので……。」
「スケベそうな顔をしてよく言う。」
 ふたりは共に笑った。公園に哄笑が響いた。欺されるのも悪くない。――いや、欺すとか欺されるとか、そんなことどうでも良い。
「――僕もひとりの女しか愛せない性質でしてね、欲しいのは欲しいが……金が無いんです。無職なんですよ。辛いですね、無職っていうのは。五百円ですら気軽に払えない。――だから、この弁当と交換でどうです?」
 俺はコンビニの袋から、温めてもらった四九九円の弁当を取り出した。まだ冷めてはいない。
「――良いでしょう。ちょうどお腹が空いていたところです。お好きなものを選んで下さい。」
 似たようなサボテンの群れの中から、俺はひとつ、感覚的に選び出した。理念なんて要らない。女もサボテンもフィーリングさ。
「あまり水をやり過ぎないようにして下さい。水を与えることが愛情ではありません。ただ腐らせてしまうだけですから。
 あなたに幸福が訪れるように。」
 男は何か祈るような真似をした。俺たちは別れた。
 真剣にこのサボテンを育ててみようと思った。花が咲くかどうかなんてわかりはしない。それでも本気で育てよう。
 空腹と引き換えに、大切なものを手に入れたのかも知れない。



 その後、サボテンが花を咲かせたかどうか?――
 そんなことどうだって良いじゃないか。俺がここに書き記すことじゃ無い。

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