少年は哀しい夢をみていた。閉じた目からは涙が溢れ、目じりを伝って両の耳を濡らした。 誰か少年の頬を優しく撫でる者があった。少年は閉じていた目を開いた。真っ青な空と、吹きちぎられた真っ白な雲が、遠くに見えた。澄んだ黄金色の陽光が少年を照らしていた。焦点の合わない、少年近くに揺れるのは、深緑の細長い草の葉だった。草は背が高く、空以外の何ものをも少年の目に映じさせなかった。 少年は草原に寝ていた。ほとんど絶えることなく風が吹き抜けて行った。風は草たちをさわさわと鳴らし続けた。いつしか少年の涙も乾いていた。日の光は暖かく少年を包んでいた。 少年は静かに横たわったまま、ゆっくりと瞬きを繰り返した。雲が少しずつ形を変えて移動している。決して一所に留まっていることはない。緩やかに雲は変わっている。その雲をずっと見ていると、純白だった色が次第に陰影を帯び、微妙に赤みを射し始める。陽が傾いているのだった。右手の空がうっすらと赤らんでいた。 夕暮れは感じ易い少年の心を憂鬱にした。早熟な少年に、人間の老いと死を感じさせるには充分だった。 少年は目を閉じた。そうすれば再び、あの夢をみることは、わかりきっていた。それでも少年は目を閉じた。どこか遠くで少年の名を呼ぶ声がする。誰かはわからない。しかし、とても懐かしい気がする。一緒に帰ろう、と言っている。少年は閉じた眶を開くことはなかった。 少年は、彼に好意ある全てのものに、背を向けた。
2011年4月25日月曜日
「決意」
2011年4月13日水曜日
「夢の町」
その町に人影は無かった。旅人は左右を見回しながら、物音ひとつたたない道を歩いて行った。通り沿いには商店があった。色とりどりの果物や、美しい布の服や、大小形状さまざまの食器などが、店先に溢れんばかりに置かれていた。しかし、どの店にも客は疎か、店員の姿さえ見えなかった。 旅人はたち並ぶ店を通り過ぎ、町の中央に位置する広場で足を止めた。そこには小さな噴水があった。その噴水だけがこの町で動きをなしていた。旅人は石造りのベンチに腰かけ、耳を澄ました。町の稼動する音はしなかった。ただ、噴水の水の流れる音だけが静かに聞こえていた。町には生活の匂いが確かにあった。が、人の気配だけはどこにも感ずることができなかった。 旅人はベンチに横になった。太陽は穏やかに旅人を照らしていた。噴水のきらきら反射する光が旅人に安らぎを与えた。旅人は目を閉じた。長旅に疲れた体はすぐにでも眠りにおちていきそうだった。水音が耳に心地好く響いていた。旅人はまどろみを楽しんだ。 ――しかし、旅人の愉悦も長くは続かなかった。 「あなたは、この町は初めてですか?」 旅人の頭上から、突然声があった。旅人は起き直って声の主を見た。色の白い、不健康そうな青年がそこには居た。 「……ええ。」 「そう。」 青年はそれきり旅人に興味を失くしたように、ぼんやりと遠くに目をやった。旅人はその横顔に話しかけた。 「あなたもこの町は初めてですか?」 青年は旅人の方は見ずに、頬にうっすらと微笑を浮かべた。 「――いえ、僕は――」 青年は微笑を消さぬまま、何か考えているようだった。 「僕はここに住もうかと思っているんですよ。良い町でしょう?」 「ええ、そうですね。」 旅人は応えて、再びベンチの上に横になった。眠りはやさしく旅人を包んだ。
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