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2013年8月13日火曜日

「うららかな日」

	
  少女はじょうろを手に、小さな花壇へとやって来た。朝の清々しい日射しが、少女の真っ白いブラウスとスカートを輝かせていた。穢れを知らない太陽の光は、やはり穢れを知らない少女をやさしく照らした。空は真っ青で、白く美しい雲がぽかりぽかりと浮かんでいた。
 心地好い陽気にしぜんと洩れるような鼻歌をうたいながら、咲き誇れる花たちに少女は水を与えていった。その姿は踊りでもおどるように軽やかだった。色彩豊かな花ばなは、それに呼応して、春の風に揺れていた。少女の白いスカートがひるがえり、鮮やかな赤や黄や青や薄紅や紫が、やわらかな緑の葉とともに音のない旋律を奏でている。その指揮者であり、また奏者である少女は、自らのうつくしさも知らずに奏し続ける。
 陽は次第に高くなり、しかし、少女を照らす光はあくまでやさしい。青い空を行き交う雲も、静かに少女を見守っている。いつしか、じょうろの水もからになり、少女は花壇の花それぞれに、うっとりとした眼差しを向ける。語らうように、心通わすように。花たちはその美しさと微かな甘い香りで以てそれに応える。爽やかな風が彼女らを吹き抜けていく。ちに
 ――ふと、少女は花壇の一隅の花に、何か想ったらしく、長くその場にしゃがみこんだ。スカートの裾が土に汚れることも構わずに。少女の顔には今まで通りの微笑があった。が、少しだけ――ほんの少しだけ、その微笑に影が射していた。しかしまた同時に、それまでにはない悦びもまた仄めいているようだった。
 少女は恋をしていたのだった。心の奥底に秘める、淡い恋心であった。
 少女の目の前には、黄色い柱頭の周りを細く白い花びらが囲む、慎ましい花が――マーガレットが――幾本も咲いていた。少女はこの飾り気のない清楚な花が、とりわけ好きだった。
 悲しそうな表情で少女は「ごめんなさい。」と、口の中で小さく呟くと、しゃがんだまま頭を深く下げた。そうして一本の花を手折った。花はその振動で小さく揺れた。少女は立ち上がり再び深く御辞儀をすると、木陰まで小走りに駆けて行った。
 少女は首を巡らせて、もとよりいるはずのない人影がないのを確認してから、木の根元に座った。木陰に入っても、マーガレットの花のきれいな白さは失われなかった。少女は頬を上気させながら、白い花びらを一枚いちまいちぎっていった。
「好き。嫌い。好き。嫌い。…………」
 花びらは一枚また一枚と、純白のスカートの上に埋もれていった。そうして最後の一枚もスカートの上に落ちると、少女は急に立ち上がり、陽の光の下に駆けだした。ちぎられた花びらが木陰ではらはらと舞った。
 少女はスカートをひらめかせながら、両の手を広げ、空を仰いで回っていた。晴れやかな笑顔が、少女の顔にはあった。片手には花びらの無い花がしっかりと握られていた。
 眩しいまでの陽光が少女を照らしていた。少女は太陽よりもうつくしく輝いていた。

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