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2011年3月6日日曜日

「死人」

	
 ある村を、男が訪れた。その、村は大嵐にみまわれ、村人の多くが原因不明の病に侵された。農業を主な生業としている村人たちは、病人の看病におわれながら、田畑のことを心配していた。が、翌日も嵐はおさまらなかった。作物はほとんど全滅だった。
 男は村を訪れてから三日後、村を去った。すると、今まで続いていた大嵐がぴたりと止み、日を追うごとに増えていた疫病者も、増えることだけはなくなった。
 人々は男のことを、死神だ、疫病神だ、と噂し合った。男の容貌が奇怪だった所為もあろう。長身痩軀で、落ち窪んだ眼窩の奥の冷たい眼が鋭かった。黒ずくめの身なりの男は、確かに死の臭気を纏っていた。
 翌年よくとしの同じ日、また、男が村にやって来た。村は大嵐になり、多くの村人が疫病で死んだ。男は三日後、去って行った。
 そのまた翌年の同日、男は三度みたび村に現れた。村一帯は嵐で覆われた。老いた村長は恐るおそる、男に村を去るよう話をもちかけにいった。
「――いや、何、おまえさんが悪いと言ってるわけじゃない。ただ、二度も続いたとなると村の者も黙っておらんでな……。おまえさんは迷信だと嗤うかも知れんが――」
 村長はそこまで言って、男の顔にどこか見憶えのあるのを発見した。
「――おまえ、まさか……、ヘイルじゃないのか?」
 男は静かに頷いた。十数年前に、唯一の肉親である母を独り残して、村を出ていった若者だった。今日この日は、男の母の命日だった。
「すまんが、村がこういう状況だ。すぐにでも村を出てくれんか。」
 村長は、昔の面影をほとんど失った男に、深く頭を下げた。今日が男の母の命日だとは、知る筈もなかった。
 男は黙って頷くと、村を出た。そのあとを、一人の少年が男に気づかれぬよういて行った。二年前、少年は、両親と妹を疫病で失くしていた。少年は頃合を見計り、男に凄まじい勢いで接近した。そうして、男を後ろから刺した。が、男から血は流れなかった。男の体はどろどろと溶け出し、少年の腕にまとわりついた。男はそのまま完全に溶け、塗れた地面と同化してしまった。
 いつしか嵐もおさまっていた。

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