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2011年9月23日金曜日

「蝶」

	
 何だか、白い蝶が、とんでいました。陽の光の中でなお輝くような、真っ白い蝶でした。音もなく、蝶はひらめいていていました。
「お前は私をうつくしいと思うか?」
 蝶は訊ねました。その間も、翅はひらひらと舞うように動き続けています。
「はい。」
 素直に返事をしました。抗う気持ちは少しも起こりませんでした。
「私のようになりたいか?」
 蝶は純白というよりも、光そのもののようにまばゆく輝いていました。
「――はい。」
 何か得体の知れないものに導かれるように、しぜんとそう応えていました。
 すると、蝶は見上げるほどに高く舞いあがり、ゆっくりと円をえがきだしました。蝶の翅からは、無数の銀の粉がきらめき漂い、降ってきました。まるで時の流れが緩やかになったように、静かに、乱れもせず、空気中を漂っていました。銀の粉が睫にふれ、頬にふれ、肩にふれ、そうして全身を覆いました。銀の粉に包まれながら、見上げる蝶は、なおいっそう輝きを増します。
「追いて来い。」
 蝶はさらに高く舞いあがりました。
 青い空に飛翔する蝶を追いました。だんだんと速くなるその姿は、しかし、優雅でした。さえぎるもののない空をどこまでも追いました。ただ、夢中で追いました。
 ……どのくらい上昇を続けたでしょう。太陽は近く、空気は澄みわたり、微かな騒めきさえも聞こえませんでした。全くの静穏でした。眼下には、薄雲がたなびいていました。
「ここは誰も知らない永遠の地だ。あの金色に輝く太陽さえ知らない。太陽もこの高みには降りて来ることはできない。人間が機械の翼を得ようとも辿り着くことなどできない。
 ここは誰も知らない永遠の地だ。」
 やわらかな陽光が降りそそぎ、風が音もなく流れていきます。
「だが――」
 蝶の輝きが、一瞬、弱まったような気がしました。
「だが、私が手にしたものは、所詮この程度のものだ。お前はこんなものが欲しいのか? こんなものの為に、私と共に来たのか?」
 突然視界が、ぐらぐらと揺らぎ、暗くなっていきました。世界は急速に回転しました。不規則に、荒れ狂うように回転しました。天も地も、右も左もわからなくなり、意識は薄れていきました。眼の隅に、蝶の姿を見たような気がしました。霞む視界の中でも蝶は、しかし、うつくしく輝く翅を優雅にひらめかせていました。それきり、意識は絶えました。

        …………………………

 目を覚ますと、頭上を蝶がとんでいました。もうここは、「誰もしらない永遠の地」ではありませんでした。
「……僕は、あなたも知らない、誰も行けない高みへと、それでも行きたいと思います。」
 蝶は何も応えませんでした。名も知らぬ白い花へととまり、翅を休めました。そうして、真白いその身を花びらと同化させると、長い口をのばして静かに蜜を吸いだしました。
 いつまで待っても、蝶は何も言ってはくれませんでした。

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