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2011年7月19日火曜日

「ウーロン茶」

	
 ……いったい、どれくらい歩いただろう。あてもなく、初めて来た知らない町を歩いていた。無論、地図などなく、何かを探しているでもなく、ただぼんやりと歩き続けてきた。
 静かな町だった。広い道でも車は通らず、見かけた人も数人ばかりだった。騒々しく慌しい全てのものから、解放されたような町だった。
 永遠にこの町を彷徨っている錯覚を感じだした頃、不意に視界がひらけ、海が見えた。
 海もまた静かに凪いでいた。船の姿も見えない。ここは漁場ではないらしかった。やはり人気のない砂浜へ、おりて行った。
 流木と思しき朽ちた木に腰掛け、海を眺めた。力強い太陽が海面を照らしていた。海の風がやわらかく流れていた。少なくなった煙草に火を着け、煙を深々と吸い込んだ。軽い眩暈のような感覚を愉しみながら、猶も海を眺め続けた。微塵も姿を変えることのない海を――。
 二本目の煙草を取りだそうとすると、背後に砂を踏む足音を聞いた。返り見ると若い女が立っていた。
「こんにちは。あんた、ここの土地の人じゃないね。何しに来たの? 何にも無い所なのに。」
 彼女は屈託のない笑顔で話しながら、断るでもなく隣に座った。
「気がついたらここに居たんだ。――だから何をしに来たのか、わからない。」
 冗談交じりに――半ばは本気で――言っていた。
「何それ? 記憶喪失?」
 声をだして笑いながら、彼女は手にしていたものを差しだした。
「ハイ、記憶喪失の不憫なあんたにわたしからのプレゼント。喉、渇いてない?」
 二つ持っていたウーロン茶のペットボトルの一つを手渡された。彼女は自分で持っているボトルのキャップを外すと、喉をならしながらうまそうに飲んだ。
「ウーロン茶嫌い? おいしいよ。」
 手にしたペットボトルに何かしら落胆を感じていた。それでもプラスチックのキャップを外し、喉を潤した。飲み慣れた味だった。うまかった。が、落胆は深まった。
「丁度、喉が渇いていたんだ。ありがとう。」
 その言葉に偽りは無かった。が、社交辞令的な嘘を言っているような気がした。
 ペットボトルのラベルをみつめながら、この町に抱いていた幻想が急速に崩れ去るのを感じた。楽しそうに何か喋り続ける女の声を遠くに聞きながら、二本目の煙草に火を着けた。

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