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2011年11月17日木曜日

「誰もいない森」

	
 真昼の光も届かぬ森の中、少女は後ろを返り見かえりみ、木々を抜け、草かき分けて、走っていた。真白いスカートはおちこちが裂け、かぼそい手足には無数の擦り傷が。顔には不安と焦りと疲労が見える。心やさしき少女は激しく息をしながらも、森の静穏を破ったことに罪悪を感じている。己の身だけを案じていれば良いものを。走りはしって、精神肉体、共に極限に達したか。少女は小枝に躓き、倒れ伏す。もう起き上がる気力も体力もあろうはずが無い。少女はその時、初めて絶望を知ったような気がしていた。
 ――しかし、森も少女を不憫と思ったか。倒れた少女の前に、細ぼそとした山道が見えた。逃げれる。この道を下りて行けば逃がれることができる。少女の心の中に、一点の燐火がともった。それでも起き上がるのは至難の事。落葉枯枝繁る草、少女もがいて立てもせぬ。
 そこへ山道を通って現れたは眉目秀麗、女のような美顔の男。細みの体は、しかし、筋肉質の逞しき男。暖かく包みこむよな笑顔で少女に手をさし延べる。――駄目だ! いけない! そいつは悪魔だ。人の皮を被った悪魔だ! 欺されてはいけない!
 ――だがしかし、判断する能力も失われたか、或いは男の美貌に魅せられたか、少女は憐れ、悪魔の手をとった。その刹那、美しき人の笑顔が悪鬼のそれへと変わり、悪魔は少女を何処かへ拉っし去った。森も、悪魔から少女を護ることはできなかった。古には神に属していた悪魔のこと、護れようはずも無い。
 果たして、少女を追ったは何者だったか。
 無力な人の子、年甲斐もなく少女に恋した醜男、拙い語りを聴かせるこの俺だった。

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