僕らは星空を眺めていた。雲のほとんどない綺麗な夜空だった。うす蒼い月が、冷たく優しい光を与えていた。 妻は幼い娘を抱いて、 「あの明るい星があるでしょ? あれが北極星っていってね、……」 などと、夜空を黒板代わりに授業をしている。娘はそれに時々質問しながら、熱心に聞いている。黒目がちの瞳には、無数の星がきらきらと映っている。どうやら優秀な生徒のようだ。ふたりは星空に微笑んでいる。 僕はそれを聞くともなく聞きながら、黙って煙草を喫っている。僕は劣等性だな、と思って笑ってみたりする。 「――あっ、あれ、流れ星!」 娘が夜空を指さして、残る手で僕の腕を叩く。指さす方を見上げると、そこには赤い星が瞬きながら流れていた。――流れていた? しかし、それは流れてなどいなかった。ゆっくり空を移動していた。耳を澄ますと微かに、遥か上空を翔る機械の鳥を感じる。赤い光は規則的に明滅を繰り返しながら移動する。 娘はそうとは知らず、小さな手を合わせ、眼を閉じうつむきながら、急かされるように口の中に何か呟いている。 「――いや、あれは……」 言いかけた僕に妻は振り向き、目顔で穏やかに微笑む。 僕は口を噤み、未だ消えぬ人工の流れ星を見上げた。 ようやく願いを唱え終えたらしい娘は、ぱっと見上げた空にまだ流れ星があることに気づくと、「あっ、まだある!」と言って、また口早に願いを呟きだした。 僕は妻と顔を見合わせて笑った。しのび笑いをする妻に抱かれて、娘は静かに揺れている。真剣に星に何かを願いながら。 娘が再び顔を上げるころには、赤く明滅する流れ星は、視界から消え去っていた。 「お星さまに何をお願いしたの?」 妻は、空を見上げたままの娘の顔を覗きこみながら訊ねる。 「教えなぁい。教えたら願いごとが叶わなくなるんだもん。」 そう言って、娘は嬉しそうに笑う。 「少しだけで良いから、教えて。」 「ダメ。イヤ。」 「少しだけだったらお星さまも許してくれるかも知れないよ。」 「それでもダメ。」 「ケチ。」 「違うもん。」 ……やがて、他愛ないやりとりにも飽きたのか、ふたりは星空の授業を再開しだした。 「……大昔の人達はね、いくつかの星をつなげて動物とかに見立てたりしたの。それを『星座』って言って……」 劣等性は授業を聞くとはなしに聞きながら、想いは広大な夜空を馳せている。 ――俺も何か願いごとしたら良かったな……。そんなことを考えながら……
2011年5月19日木曜日
「流れ星」
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